ミルトン・フリードマン(新・自由主義の旗手)は間違っていない!!
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20090119-00000003-voice-pol
日銀の失政は明らか/若田部昌澄(早稲田大学教授)
◇フリードマンの警句◇
早いものでこのコラムの連載もはや2年が経過した。この間、私は少しでも読者にとって有益なことを書こうと考えてきたが、それがうまくいっているかどうかは、もちろん読者の方々のご判断にお任せするしかない。しかし自己点検も怠ってはならないだろう。
ちょうど2年前に書いた連載第2回のコラムで、私は故フリードマン教授が見直されるかもしれないという趣旨のことを書いた。
2006年の3月以降、日銀はすさまじい勢いで量的緩和を解除しており、日銀の供給する貨幣(ベースマネー)は急激に縮小していた。当時私は、こうした事態が日本経済のデフレ脱却を頓挫させることを懸念していた。
その後の展開は、2つの意味でフリードマン教授の業績を見直すことになったといえよう。第1の点は、もともとのコラムで提起した論点にかかわる。依然として日本経済はデフレから脱却していない。たしかに、新聞のヘッドラインで見るような生鮮食品を除く総合消費者物価指数は一時2%前後に到達した。しかし、ヘッドラインの数字は誤解を招きやすいものである。というのも、そこには原油などのエネルギー関連価格が含まれているからである。
周知のように原油価格は急騰が続いていた。しかし、それは昨年7月ごろに終わったといえよう。すでに原油先物価格はピーク時の半分以下にまで下がってきている。案の定ヘッドラインの数字も下がってきた。さらに名目国内総生産(GDP)と実質GDPの比率であるGDPデフレーターは、この期間においてもマイナスを抜け出したことはない。
景気に目を転じると、状況の悪化はさらに顕著である。日銀が量的緩和を開始したのは2001年の3月であり、景気動向指数を見ると日本の景気は2002年の初頭に好転した。ところで、すでに述べたように日銀は2006年3月に量的緩和を停止し、景気動向指数はおそらく2007年秋ごろには下落に転じ、かくして「実感なき景気回復」は実感のないままに終焉した。
つねづねフリードマンは、金融政策の効果には「長くかつ可変的なラグ」があると述べていた。このラグがあるために、政策変更がもたらす影響はすぐには認識されない。それゆえ、金融市場に近い人ほど、市場にもっとも影響を及ぼす要因を理解できないという皮肉な事態が生じる。そのこともあってか、残念ながら金融政策の重要性は日本のマスメディアではあまり強調されていない。しかし、日銀の失政は明らかであろう。
◇大恐慌の教訓は◇
現在最大の話題は、なんといっても夏以降の金融危機であろう。米国から始まった金融危機は昨年9月に急激な展開を迎え、現在では金融市場の動揺から世界同時不況へと事態は悪化している。
このことについて、私の認識がかなり甘かったことは率直に認めなければならない。サブプライムローン問題に端を発する金融危機の見極めには十分注意しなければならないと思い、本誌2007年5月号でも「サブプライム問題を発端として金融危機になだれ込んでいく可能性は十分にありうる」と書いていたものの、ここまで大規模な金融危機が勃発することは予想していなかった。
ここに、反省とともにフリードマンを見直さなければならない理由がもう1つある。それは、やはりアンナ・シュウォーツと共に彼が書いた主著『合衆国貨幣史』にかかわる。この本の白眉である大恐慌には、当初普通の不況として始まったものが世界的な恐慌へと激化していく過程が詳細に語られている。
彼らによるとその大きな原因は政策の失敗、なかでも当時の連邦準備制度理事会(FRB)の失敗にある。もちろんフリードマンらも示しているように、FRBが供給したベースマネーは大恐慌の時期に増えていた。しかし金融機関の3分の1近くが倒産する金融危機が起きたために人びとは現金に対する選好を強め、市中には貨幣が出回らなくなった。そのため激しいデフレが起きることになる。
こういう状況においてFRBは2つの過ちを犯した。「最後の貸し手」として金融危機に対して適切に行動しなかったのが第一点。そして人びとの現金に対する需要増大に対抗するために、さらにベースマネーを増やすことをしなかったのが第二点である。
今後の動向は予断を許さない。アメリカのオバマ新政権の経済チームは、多くの有能なマクロ経済学者を抱えて、大恐慌シフトといってもよい布陣である。とりわけ経済諮問委員会の委員長に就任したクリスティーナ・ローマー教授(カリフォルニア大学バークリー校)は大恐慌研究で知られる。もちろん政策は政治が決めるから、それだけで安心するわけにはいかない。いや、大恐慌の教訓がもしあるとすれば、最大のそれは「最悪の場合が起きうることをつねに念頭に置いておく」ということだ。日本の政策担当者はこのことを理解しているだろうか。
Voice1月19日(月) 12時38分配信 / 国内 - 政治
つまり、不況になれば、現金(流動性)に対する需要は増える。これは、今の日本も同じで、積極的に内部留保を活用した企業ほど、流動性を獲得しようと、コマーシャルペーパーや借り入れを増やしている。これは、内部留保を積極活用し、雇用の拡大をしたが為に、従業員に払う為の現金が手元に無いからだ。
こういった事態に対しては、中央銀行が流動性、つまり現金を大量に供給しなければならない。企業は赤字であろうと、黒字であろうと、現金さえあれば首はつながるのだから。
翻って、わが国を見れば、内部留保を賃金に回せ、とおかしな議論が沸いている。
例えば、ケーキの配分を仮に経営者が半分から1/3に減らしたとしても、ケーキの大きさが小さくなれば、労働者の取り分が小さくなるのは、中学生でも分かる。そして、この内部留保論は、ケーキが無いなら、テレビでも車でも売り払ってでも、ケーキを買えといっている。テレビはともかく、車が無くなれば、仕事に通うにも時間がかかるし、余計な体力を使い、却ってケーキに対する需要を高めてしまう。
だからこそ、フリードマン(ちなみにケインズも)はケーキを大きくしろといっているのである。
マルクス主義者からすれば、内部留保というのは、資本家が労働者を搾取して儲けた利益である。恐慌期においては、内部留保の資産を全て売り払うことにより、労働者に還元され、そして資本家が没落し、共産主義へと変わっていくと考えている。
しかし、それでみんなが幸せになるだろうか?
仮に共産主義が理想の世界だとしても、その変化の過程では、犠牲となる人がいるし、そもそもな話、海外と比べ日本の経営者はそれほど報酬を得ていない。
トヨタはここ数年、莫大な投資を行ってきた。現金収支は赤字である。
対して、海外へ工場を作った企業はその批判の矢面に立たされていない。
日本の雇用への貢献という事を鑑みれば、トヨタは多大な貢献をしている。
だからこそ、平等な視点で企業を評価すべきだし、万民の幸せを考えれば、私は、マルクスよりフリードマンのほうが人として尊敬できる。


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